なぜ、あなたの会社の施策は「空振り」に終わるのか?
「Webサイトをリニューアルし、SNS発信も頑張っている。なのに、問い合わせは増えず、売上も伸び悩んでいる…」 「現場の社員は皆、一生懸命だ。しかし、部門ごとに言うことが違い、顧客への対応がバラバラになっている気がする…」 「顧客のため、良かれと思ってやった改善が、全く響いていない…」
もし、こうした状況に心当たりがあるのなら、それはあなたの会社が「顧客を見ているようで、見ていない」状態に陥っているサインです。
多くの経営者や管理職は「顧客視点が大事だ」と理解しています。しかし、その「顧客視店」が、いつの間にか社内の常識や過去の成功体験に基づいた「自社にとって都合のいい顧客像」にすり替わっているケースは、驚くほど多いのが現実です。
この記事では、耳障りの良いカタカナ用語や、実体のないポエムのような比喩は一切使いません。 顧客の行動と心理を泥臭く「見える化」し、あなたの会社の独りよがりな施策を、本当に顧客に届く一手へと変えるための実践的な道具、「カスタマージャーニーマップ」について、その本質と使い方を徹底的に解説します。
これは魔法の杖ではありません。地道な作業です。しかし、この記事を読めば、顧客理解の解像度を劇的に上げ、事業を成長させるための確かな羅針盤を手に入れることができるはずです。
カスタマージャーニーマップとは、顧客の「行動と本音」の解剖図である
そもそも、カスタマージャーニーマップとは何でしょうか。 一言で言えば、「特定の顧客(ペルソナ)が、自社の商品やサービスを認知してから購入・利用後に至るまで、どのような経路を辿り、各接点で何を考え、どう感じているかを一枚の図にまとめたもの」です。
「旅の地図」などと表現されることもありますが、もっと生々しい「解剖図」と捉える方が本質に近いでしょう。顧客の行動の一つひとつを分解し、その裏にある思考や感情の揺れ動き、つまり「本音」を明らかにすることで、初めて有効な打ち手が見えてくるのです。
なぜ今、この「解剖図」が必要なのか?
理由は単純です。顧客の情報収集の手段が、昔とは比較にならないほど複雑化したからです。 かつてはテレビCMやチラシ、営業担当者の説明が主な情報源でした。しかし今はどうでしょう。SNS、口コミサイト、比較ブログ、動画レビュー…。顧客は企業の知らないところで情報を集め、購入の意思決定をほとんど終えていることすらあります。
この複雑な顧客の動きを、勘や経験則だけで捉えようとすること自体に無理があるのです。だからこそ、顧客の行動と心理を客観的に「見える化」し、関係者全員で共通認識を持つための道具が必要不可欠となります。
地図なしで航海するな。カスタマージャーニーマップがもたらす3つの現実的メリット
「そんなものを作って、本当に意味があるのか?」と思われるかもしれません。ええ、意味はあります。正しく作れば、あなたの会社に少なくとも3つの大きなメリットをもたらします。
1. 根拠なき「べき論」経営からの脱却
「若者はこうあるべきだ」「主婦層はこう考えるべきだ」といった、経営陣の思い込みや願望が、施策の根拠になっていないでしょうか。カスタマージャーニーマップは、実際のデータや顧客の声に基づいて作成します。これにより、社内にはびこる「べき論」を排除し、事実に基づいた意思決定が可能になります。
2. ムダなコストと労力の削減
顧客がどこでつまずき、何を求めているかが分かれば、施策の優先順位が明確になります。誰も見ていないページの改修に無駄な予算を投じたり、的外れなキャンペーンで現場を疲弊させたりすることが減り、限られた経営資源を最も効果的な一点に集中させることができます。
3. 部門間の「伝言ゲーム」と責任のなすりつけ合いの終焉
マーケティング部門は「集客はした」、営業部門は「見込み客の質が悪い」、開発部門は「製品は完璧だ」。こんな不毛なやり取りに時間を浪費していませんか? 一枚のマップで顧客の全体像を共有することで、各部門が「顧客のどの段階を担っているのか」を客観的に認識できます。これにより、部門間の連携が円滑になり、一貫性のあるアプローチが実現します。
【現場で使える】カスタマージャーニーマップの作り方 5つの手順
ここからは、具体的な作成手順を解説します。重要なのは、最初から完璧なものを作ろうとしないことです。まずは粗削りでもいいので、チームで手を動かしてみることをお勧めします。
手順1:ペルソナ(顧客像)を設定する ―「誰」の行動を追うか決める
まず、マップの主人公となる顧客像「ペルソナ」を具体的に設定します。 「30代女性」のような曖昧な設定では意味がありません。氏名、年齢、職業、家族構成、情報収集の手段、抱えている悩みまで、まるで実在する一人の人物のように詳細に描き出します。
- 陥りがちな罠: 社長の理想像や、営業担当者の「こんな客だったらいいな」という願望が投影されてしまう。
- 対策: 既存顧客へのインタビューやアンケート、現場の営業担当者が持っているリアルな顧客情報など、事実に基づいて設定してください。
手順2:ゴールとステージを設定する ― どの範囲の行動を分析するか決める
次に、このマップで分析する行動の範囲(スタートとゴール)を決めます。例えば「SNS広告を見てから、初回購入を完了するまで」といった具合です。 そして、その道のりをいくつかの段階(ステージ)に区切ります。
- ステージの例: 認知 → 情報収集 → 比較検討 → 購入 → 利用 → 再購入/紹介
手順3:顧客の行動・思考・感情を洗い出す ― マップの骨子を作る
ここが最も重要な工程です。各ステージにおいて、ペルソナの具体的な行動や心理を、以下の項目に沿って徹底的に洗い出していきます。
項目 | 説明 | 具体例 |
タッチポイント | 顧客が企業と接する場所・媒体 | スマホ、PC、店舗、広告、SNS、口コミサイト |
行動 | 具体的に何をするか | 「〇〇 評判」で検索、A社とB社のサイトを比較、資料を請求 |
思考 | その時、頭の中で考えていること | 「どっちが安い?」「本当に効果あるのか?」「手続きが面倒だ」 |
感情 | 嬉しい、不安、期待、不満など | ポジティブかネガティブか。感情の起伏を曲線で示すと分かりやすい。 |
手順4:課題と改善策を発見する ― 「打ち手」を考える
洗い出した情報の中で、特に顧客の感情がネガティブに落ち込んでいる箇所や、次の行動に移れず停滞している箇所に注目します。そこが、あなたの会社が解決すべき「課題」です。 そして、その課題をどうすれば解決できるか、具体的な「改善策」を議論します。
- 例:
- 課題: 比較検討ステージで、「専門用語が多くてサイトの内容が理解できない」という不満が発生。
- 改善策: 初心者向けの用語解説ページを作成する。導入事例の動画を掲載する。
手順5:共有し、実行し、見直す ― 「絵に描いた餅」にしない
完成したマップは、印刷して会議室や執務室の壁に貼り出しましょう。そして、マップから生まれた改善策を実行に移し、その結果どうなったかを検証します。市場や顧客は変化します。一度作って終わりではなく、定期的にマップを見直し、更新していくことで、初めてこのツールは真価を発揮します。
【中小企業の事例】カスタマージャーニーマップでこう変わった
ここでは、中小企業の現場で実際にあり得る活用事例を2つ紹介します。
事例1:地域の工務店(Webからの問い合わせが月1件)
- 課題: Webサイトはあるが、問い合わせに繋がらない。営業は既存客からの紹介頼み。
- マップ作成で分かったこと: 「比較検討」段階の顧客が、「施工事例の写真だけでは、実際の品質や担当者の人柄が分からず不安」と感じ、サイトを離脱していた。
- 打ち手: 施主へのインタビュー動画を掲載し、「なぜこの工務店に決めたか」を語ってもらった。また、現場監督の顔写真とプロフィール、家づくりへの想いを語るブログを開始。
- 結果: 問い合わせ数が月平均5件に増加。問い合わせの時点で担当者を指名してくる顧客も現れ、商談化率が向上した。
事例2:業務用食品の卸売会社(新規開拓が非効率)
- 課題: 営業担当が個人事業主の飲食店に飛び込み営業をしているが、ほとんど門前払い。
- マップ作成で分かったこと: 開店前の多忙なオーナーは、いきなりの訪問営業を最も嫌う。「情報収集」は、深夜にスマホで同業者のSNSやブログを見ていることが多い。
- 打ち手: 飛び込み営業を廃止。代わりに、人気飲食店のオーナーに自社製品を使った新メニュー開発を依頼し、その過程をSNSやWebコンテンツで発信。無料サンプル請求ができるように導線を設計。
- 結果: 営業コストを削減しながら、興味を持ってくれた見込み客リストが自然に集まるように。営業は、そのリストに対して効率的にアプローチできるようになった。
作って満足では意味がない。失敗する3つの共通点
最後に、愛を込めて辛口な話をします。多くの会社が時間と労力をかけてカスタマージャーニーマップを作っても、結局「絵に描いた餅」で終わります。そうなる会社には、共通する3つの失敗パターンがあります。
- 社内の「べき論」だけで作るな。顧客に聞け。 最も多い失敗がこれです。会議室に集まり、顧客の気持ちを「想像」だけで埋めていく。それではただの願望リストです。データ分析も重要ですが、一番確実なのは、実際の顧客に直接話を聞くことです。たった数人でも、生の声には想像を絶するヒントが眠っています。
- 一度作って神棚に飾るな。汚して、書き換えろ。 立派なマップが完成すると、なぜか満足してしまう人がいます。しかし、マップは完成がスタートです。施策を実行し、新たな発見があれば、すぐに赤ペンで書き加え、付箋を貼り、常に最新の状態に保つべきです。美しい資料を作ることが目的ではありません。
- 一部のエリートだけで作るな。現場を巻き込め。 経営企画室やマーケティング部だけで作ったマップは、現場に浸透しません。なぜなら、現場には顧客のクレームや感謝の声を日々浴びている担当者がいるからです。彼ら・彼女らが持っている一次情報こそが、マップに血を通わせます。必ず、部署横断のチームで取り組んでください。
結論:顧客を「知ったつもり」から脱却する第一歩
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。 カスタマージャーニーマップは、決して万能の解決策ではありません。むしろ、自分たちがどれだけ顧客のことを「知ったつもり」になっていたかを思い知らされる、厳しい現実を突きつける鏡のようなものです。
しかし、その現実を直視することからしか、本当の改善は始まりません。
もし、何から手をつけていいか分からないなら、まずはたった一人の顧客で構いません。「最近、うちのサービスを買ってくれた〇〇さんは、どうやってうちを知って、なぜ買ってくれたんだろう?」と、その道のりを一本の線で描いてみてください。
その小さな一本の線こそが、あなたの会社を「顧客不在」の状態から救い出し、持続的な成長へと導く、最も確かな第一歩となるはずです。