「景気の先行きは不透明で、コスト削減は待ったなし。かと思えば、社員からは待遇改善を求められる…」
「SNSでいつ炎上するかも分からず、社会や政治の問題にまでコメントを期待される…」
中小企業の経営者や管理職の皆様は、日々、このような「明確な正解がない問い」に直面し、孤独な決断を迫られているのではないでしょうか。教科書通りの経営理論や、どこかの成功事例が、そのまま自社に当てはまるわけではありません。先が見えない中で重要な判断を下すとき、その最後の拠り所は何でしょうか。
多くの経営者が、会社の理念や事業戦略を拠り所にしようとします。もちろんそれは大切です。しかし、本当の修羅場、ギリギリの状況で問われるのは、経営者であるあなた個人の「核となる価値観」、つまり「人間として、これだけは譲れない」という信条です。
この記事では、厳しい現実と向き合う経営者のための「判断軸」の作り方について、具体的な事例と実践的な手法を交えながら解説します。小手先のテクニックではなく、あなた自身の内側から湧き出る、ブレない羅針盤を手に入れるための手引きです。
「誠実」「努力」では不十分。なぜ、ありきたりな価値観では意味がないのか
「あなたの価値観は何ですか?」と問われると、多くの人が「誠実」「家族」「努力」といった、立派な単語を思い浮かべるかもしれません。しかし、正直に申し上げて、それでは不十分です。なぜなら、それらの言葉はあまりに漠然としていて、実際の意思決定の場面で役に立たないからです。
例えば、ある経営者が「家族」を価値観に掲げていたとします。その経営者が、事業拡大のために家庭を犠牲にするような激務に邁進すべきか、それともワークライフバランスを重視して安定路線を選ぶべきか悩んだとき、「家族」という一言だけでは、どちらの道も正当化できてしまいます。これでは羅針盤になり得ません。
本当に使える価値観とは、行動に直結する、短い「合言葉」のようなフレーズになっているものです。
例えば、同じ「家族」を大切に思う人でも、
- 「何があっても、家族との夕食には必ず顔を出す」という信条の人は、「常にそばにいる」という価値観かもしれません。
- パートナーや子供との信頼関係を何より重んじる人は、「信頼関係を築く」という価値観を持っているのかもしれません。
このように具体的で、行動を促すフレーズにすることで初めて、価値観はビジネスの現場からプライベートまで、あらゆる場面であなたの行動を導く「生きた指針」となるのです。
リーダーが自分自身の価値観に根差した「偽りのない指導」を行うことで、チームの業績や信頼関係が向上する。という事例は多く、仮にリストラのような極めてストレスのかかる状況であっても、自らの価値観を再確認したリーダーは、精神的な負荷が大幅に軽減されたという実例もあります。
つまり、あなた自身の価値観を明確にすることは、精神論ではなく、会社のパフォーマンスを向上させ、あなた自身を守るための、極めて実践的な経営術なのです。
【事例】もしあなたならどうする? 経営の修羅場における2つの決断
価値観は、短期的に見れば不合理で、痛みを伴う決断を、長期的な視点で正当化する際に最も大きな力を発揮します。多くの経営者が直面するであろう、2つのケースを考えてみましょう。
事例1:売上の半分を失う覚悟で、大口取引先の要求を断った2代目社長
ある地方の中堅部品メーカーのA社長は、先代から付き合いのある大口取引先の存在に長年支えられてきました。しかしある日、その取引先から「業界の常識から逸脱した、極端なコストダウン」と「技術者が到底誇りを持てないような、グレーな品質基準」での製造を要求されます。
もしこの要求を断れば、会社全体の売上の半分を失い、資金繰りは一気に悪化します。従業員の雇用を守れなくなるかもしれません。一方で、要求を飲めば、目先の経営は安定します。しかし、現場の技術者たちの士気は下がり、長期的には会社の評判や技術力を損なう危険性があります。
あなたなら、どうしますか?
A社長は眠れない夜を過ごした末、一つの結論に達します。彼の核となる価値観は、創業者である父親から受け継いだ「作り手が、胸を張れるものを作る」というシンプルな信条でした。
彼は取引先に要求を断る連絡を入れ、すぐに幹部社員を集めて全てを話しました。「我々は一時的に苦しい道を選ぶことになる。しかし、自分たちの仕事に唾を吐くような真似だけはしない」。彼の覚悟は、静かに、しかし確かに社員たちに伝わりました。
結果、会社は一丸となり、失った売上を取り戻すために必死で新規顧客を開拓。この苦境が、結果的に会社の技術力を高め、取引先を多角化させるきっかけとなり、数年後には以前より遥かに強固な経営基盤を築くことができたのです。
事例2:人員整理の場で、誠実さを貫いたIT企業の創業者
ある急成長中のIT企業が、突然の市場変化によって深刻な業績不振に陥りました。事業の選択と集中を迫られ、創業期から会社を支えてきた功労者を含む、一部の従業員を解雇せざるを得ない状況になりました。
こうした場面で多くの経営者は、法的な手続きを淡々と進め、社員との感情的な接触を避けようとします。その方が、効率的で、何より経営者自身の心が痛みません。
しかし、B社長の価値観は「どんな相手にも、常に誠実に向き合う」ことでした。
彼は、弁護士や人事担当者だけに任せるのではなく、対象となる社員一人ひとりと、自ら面談の場を持ちました。そこで会社の窮状を正直に話し、なぜ彼らが対象となったのかを丁寧に説明し、これまでの貢献への心からの感謝を伝えました。そして、会社としてできる限りの再就職支援を約束したのです。
もちろん、それですべてが解決するわけではありません。会社を去る社員の痛みや怒りが、すぐになくなることはないでしょう。しかし、残った社員たちは、B社長のその姿を見ていました。苦しい場面でも、決して逃げずに人と向き合うリーダーの姿勢は、組織に残ったメンバーの心に深く刻まれ、「この会社は、この社長は、信頼できる」という揺るぎない結束力を生み出したのです。
これら2つの事例は、戦略や損得勘定だけでは辿り着けない決断があることを示しています。厳しい状況で最後に背中を押してくれるのは、経営者自身の「どうありたいか」という、人間としての価値観なのです。
【実践】あなたの「核となる価値観」を見つけ出す6つの質問
では、あなた自身の価値観はどのように見つければよいのでしょうか。もしあなたが、自分の判断軸が曖昧だと感じているなら、ぜひ紙とペンを用意して、以下の6つの質問にじっくりと向き合ってみてください。
質問1:仕事以外で、時間を忘れるほど夢中になれることは何ですか?
(例:地域の清掃活動のリーダー役、災害ボランティアへの参加、仲間を集めて問題を解決する場づくり)
質問2:これまでのキャリアで、最高の仕事ができたのはどんな時でしたか?
(例:新規顧客との強い信頼関係をゼロから築き上げた時、風通しの悪いチームの文化を変革した時)
質問3:友人や同僚は、どんなことであなたを頼ってきますか?
(例:誰にも言えないような、繊細な問題の相談。利害が対立する人々の間の調整役)
質問4:もし自分の追悼文が読まれるとしたら、どんな人だったと言われたいですか?
(例:「彼はいつでも助けに来てくれた」「彼の口は堅く、絶対に人を裏切らなかった」)
質問5:過去に、仕事やプライベートで「やる気が出なかった」のはどんな状況でしたか?
(例:上司にマイクロマネジメントされた時、互いに疑い合うような信頼関係のない環境で働かされた時)
質問6:他人のどんな性質や行動が、どうしても許せませんか?
(例:極端に自己中心的な人、陰で人の悪口を言う人)
6つの質問への答えを、それぞれ別の紙に書き出してみてください。そして、それらの答え全体を眺め、共通するテーマを探し出します。
例えば、上記の例のような答えを書いた人であれば、「他者を助けること」「信頼を築くこと」「寛大であること」といったテーマが浮かび上がってくるはずです。これが、あなたの価値観の土台となります。
見つけた価値観を「使える武器」にする4つの検証
共通のテーマが3〜5つ見つかったら、それを「〇〇する」という行動を表す短いフレーズ(合言葉)にしてみましょう。例えば、「信頼を築く」「率先して助ける」といった形です。
そして、その合言葉が本当にあなたの核となる価値観かを確認するために、以下の4つの視点で検証します。
- 【過去の決断】この合言葉は、過去の重要な判断を下す際に使えましたか?
「信頼を築く」という価値観を持つ人なら、チームに悪いニュースを伝える際、正直に全てを話して信頼を維持する道を選んだはずです。あなたの過去の行動と一致しますか? - 【逆の状況】この合言葉の「真逆の状況」を想像すると、虫唾が走りますか?
「信頼を築く」が価値観なら、秘密を守れず、平気で人の信頼を裏切るような人物のそばにいるのは耐え難いはずです。強い嫌悪感を覚えますか? - 【具体性】それは「信頼」といった一言ではなく、行動を表す「合言葉」になっていますか?
漠然とした単語ではなく、具体的な行動を指し示すフレーズになっているかを確認してください。 - 【客観性】この合言葉に従って行動できたか、客観的に評価できますか?
「信頼を築く」なら、「約束を守ったか」「秘密を漏らさなかったか」など、自分の行動を振り返って「できた/できなかった」を判断できますか?
この4つの検証すべてに「はい」と答えられるフレーズが見つかれば、それがあなたのリーダーシップを支える、本物の「核となる価値観」です。
まとめ:価値観は、苦しい時のための「お守り」ではない
リーダーにとって、明確な羅針盤なしに難しい決断を下すことほど、精神をすり減らすことはありません。
今回見つけたあなたの「核となる価値観」は、壁に飾っておく「お題目」ではありません。日々の業務、社員との面談、苦しい業績報告、そして人生の岐路に立った時に、どちらの道を選ぶべきかを照らし出す、実用的な「道具」です。
小手先のテクニックやその場しのぎの嘘は、いずれ見透かされます。しかし、あなた自身の譲れない信条から生まれる決断と言葉は、時間をかけて信頼を醸成し、あなた自身の信念を強固にすると同時に、周囲の人々があなたについていく力となるでしょう。
先行き不透明な時代だからこそ、経営者一人ひとりが自分自身のブレない軸を持つこと。それが、あなた自身と、あなたの大切な会社や従業員を守る、何よりの力になると私たちは信じています。