目の前のモグラ叩きに、消耗していませんか?
新規事業の立ち上げ、部門を横断するプロジェクトの推進。あなたはリーダーとして、全身全霊で課題解決に取り組んでいることでしょう。しかし、こんな経験はないでしょうか?
- 「Aという課題を解決したら、予期せぬBという問題が噴出した」
- 「良かれと思って導入した新ルールが、かえって現場の混乱を招いてしまった」
- 「各部門の要望を聞いているうちに、プロジェクトが当初の目的から大きく逸れてしまった」
まるで、叩いても叩いても次から次へと現れるモグラ叩きのように、一つの問題を解決すると新たな問題が生まれる。この終わりなきループは、決してあなたの能力や努力が不足しているからではありません。その原因は、問題解決に用いる「思考のOS」そのものが、現代のビジネスの複雑性に適合していないことにあるのです。
複雑に要素が絡み合った問題は、古代の伝説に出てくる「ゴルディオンの結び目」に似ています。力任せに断ち切ろうとしたり、一本の縄だけを必死に解こうとしても、結び目はさらに固くなるばかり。本稿では、この結び目をしなやかに解きほぐすための新しい思考OS、「羅針盤システム思考™」について解説します。
よくある間違いとその限界:なぜ善意のイノベーションは副作用を生むのか
私たちは、複雑な問題に直面したとき、無意識に過去の成功体験に基づいた思考法に頼りがちです。特にビジネスの世界では、以下の2つのアプローチが主流ですが、それぞれに限界を抱えています。
間違い1:一点突破型アプローチ(ブレークスルー思考)
「Move fast and break things(早く動いて、ぶち壊せ)」という言葉に象徴されるように、圧倒的な技術力やスピードで既存の常識を覆し、市場を席巻するアプローチです。特定の課題に対し、強力なソリューションを一点集中で投下することで、短期間に大きな成果を生む可能性があります。
しかし、このアプローチは諸刃の剣です。周囲の生態系(エコシステム)への配慮を後回しにするため、意図しない副作用を生みやすいのです。例えば、あるライドシェアサービスは移動の利便性を劇的に向上させましたが、一方で既存の交通事業者の生活を脅かし、地域社会に新たな軋轢を生みました。力技での一点突破は、短期的な勝利と引き換えに、長期的な信用の失墜や、新たな規制という形で手痛いしっぺ返しを食らうリスクを内包しているのです。
間違い2:顧客中心型アプローチ(デザイン思考)
顧客への深い共感を起点とし、その課題(ペイン)を解決する製品やサービスを開発するアプローチです。ユーザー体験(UX)を徹底的に磨き上げることで、高い顧客満足度を実現し、多くの成功事例を生み出してきました。
しかし、このアプローチにも死角があります。それは、「顧客」という特定のステークホルダーに焦点を絞るあまり、それ以外の関係者への影響が見えなくなることです。例えば、ある民泊プラットフォームは、旅行者と家主には素晴らしい価値を提供しましたが、一部では騒音問題やゴミ問題を引き起こし、地域住民との間に深刻な溝を作りました。顧客に寄り添うあまり、システム全体への影響を軽視すれば、そのイノベーションは社会的に持続可能なものにはなり得ません。
解くべきは「課題」ではなく「関係性」である
一点突破も、顧客中心も、それ自体が間違っているわけではありません。しかし、それらはあくまで「部分最適」のアプローチです。現代のビジネス課題は、顧客、社会、環境、パートナー企業、従業員など、無数の要素が相互に影響し合う複雑なシステムの中に存在します。
ここで求められるのが、パラダイムシフトです。 問題解決の焦点を、単一の「課題」や「ソリューション」から、「システム全体の関係性の最適化」へと移すこと。
この「全体最適」を実現するための思考OSこそが、「システム思考」なのです。
システム思考の4ステップ
システム思考は、複雑な問題の結び目を、その構造を理解しながら丁寧に解きほぐしていくアプローチです。具体的な4つのステップを見ていきましょう。
ステップ1:羅針盤(North Star)の定義
多くの企業は「What(何を作るか)」からイノベーションを始めます。しかし、システム思考の起点は「Why/How(なぜ、どのようにシステムに貢献するのか)」です。顧客のニーズに応えるだけでなく、自社が所属するシステム全体が向かうべき「望ましい未来(North Star)」を定義し、その中での自社の役割を明確にします。
カナダのある大手食品加工会社は、自らを単なる「食肉加工会社」と定義していました。しかし、彼らは気候変動や健康志向の高まりといった社会の変化を捉え、自社の羅針盤を「地球上で最も持続可能なプロテイン(タンパク質)供給会社になる」と再定義しました。この羅針盤の転換により、彼らの事業は食肉加工に留まらず、植物由来プロテインや代替プロテインといった、より広く、持続可能な領域へと自然に拡大していったのです。
ステップ2:問題のフレーム再構築
一つの問題も、見る人の立場によってその姿は全く異なります。システム思考では、単一の「正しい問題定義」に固執しません。関わるステークホルダーそれぞれの視点から問題を多角的に捉え直し、定義を柔軟に書き換えていきます。
ある大学が、農業分野における気候変動対策の研究資金を集めようとした際、農家へのヒアリングが難航しました。農家にとって「気候変動」は壮大すぎて、日々の業務との繋がりが見えにくかったのです。そこで大学の研究チームは、問題を「土壌の健康をいかに維持・向上させるか」というフレームに再構築しました。土壌の健康は、農家の収穫量に直結する切実な課題です。この再構築により、農家は自分事として問題に興味を持ち、対話が活性化。結果として、気候変動対策にも繋がる多くの共同プロジェクトが生まれました。
ステップ3:関係性の摩擦点(Flow Friction)特定
イノベーションは、必ずしも新しい製品やサービスを生み出すことだけではありません。システム内に存在する「モノ、情報、お金」の流れを観察し、その流れを阻害している非効率な部分、つまり「摩擦点(Flow Friction)」を特定し、解消することもまた、優れたイノベーションです。
ある保険会社は、気候変動による自然災害の増加で、保険金の支払いコストが年々増大していました。従来の対応は、破損した家屋の部材をすべて廃棄し、新しい建材で建て直すというもの。これは環境負荷が大きく、コストもかかります。彼らはここに「摩擦点」を見出しました。そして、新しい乾燥技術を導入し、建材を廃棄せず「その場で乾かす」プロセスを構築。さらに、提携する修理業者にもサステナビリティ基準を設けました。結果、廃棄物を減らし(環境への貢献)、修理期間を短縮し(顧客満足度の向上)、コストを削減する(自社の利益)という三方良しの関係性を実現したのです。
ステップ4:生態系ナッジ
複雑なシステムを一度に、完璧に変えようとすることは不可能です。それは巨大なタンカーの舵を急に切るようなもので、大きな抵抗と混乱を生むだけです。システム思考では、一発逆転の“銀の弾丸”を狙うのではなく、システム全体に良い影響を与える小さな変化、「生態系ナッジ」を戦略的に仕掛けていきます。
ある規格策定団体が、建築業界における「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の実現を目指したとき、彼らはいきなり完璧で壮大な新基準を作ろうとはしませんでした。まず、この思想に共感する少数の建築家やデベロッパーと「有志連合」を結成。彼らと共に、再利用建材を使った小さなパイロットプロジェクトをいくつか立ち上げたのです。その小さな成功事例が、業界内で「こんなことができるのか」という気づきを生み、徐々に賛同者が増えていく。この小さな行動の連鎖が、やがて業界全体の常識を変える大きなうねりへと繋がっていきます。
明日からできること:「生態系マップ」を描いてみる
理論は理解できても、どこから手をつければいいか分からない、と感じるかもしれません。そこで、明日から試せる具体的なワークを一つ提案します。それは、あなたのプロジェクトの「生態系マップ」を作成することです。
- 紙の中央に、あなた(もしくは、あなたのプロジェクト)を置く。
- その周りに、プロジェクトに関わる全てのステークホルダーを書き出す。 顧客、上司、部下、協力会社、競合、管轄省庁、地域住民など、思いつく限り洗い出します。
- それぞれのステークホルダーが、このプロジェクトにおいて何を最も気にしているか(真の関心事)を想像して書き込む。 例えば、上司は「予算遵守」、現場担当者は「業務負荷」、地域住民は「安全性」かもしれません。
このマップを描くことで、あなたは無意識に自分の視点や顧客の視点だけで物事を考えていたことに気づくはずです。この全体像の把握こそが、システム思考の第一歩なのです。
まとめと次のステップ
「頑張っているのに、問題が増える」という現象は、あなたが対峙している問題が、単純な因果関係ではなく、複雑な要素が絡み合った「システム」だからです。
この複雑な結び目を解きほぐすには、
- 羅針盤(North Star)を定め、
- 多様な視点で問題を再構築し、
- 関係性の摩擦点を見つけ、
- 賢いナッジでシステムを動かす
という「システム思考」が不可欠です。
これは単なる問題解決のテクニックではありません。予測不可能な時代において、持続可能な事業を創造し、真のリーダーシップを発揮するための、新しい思考のOSなのです。