「もっと患者と向き合いたいのに、書類作業ばかり…」そんな声が医療現場で後を絶ちません。最新のシステムを導入しても、かえって非効率になってしまうケースも少なくありません。そこで注目されているのが、“現場の声”を活かした業務改善。この記事では、ハワイの病院が実践した「ムダを減らす」取り組みから、日本の医療現場にも応用できるヒントを詳しく紹介します。
現場主導で進める業務改善のリアル
医療業界では「ICTで業務を効率化しよう」という声が高まっていますが、実際に導入された電子カルテやシステムが、かえってスタッフの負担を増やしてしまうこともあります。そこで求められるのが、現場の実情に即した“中からの改善”。ハワイのHawaii Pacific Health(HPH)が実践した取り組みは、その好例です。
ムダ作業を可視化した看護師の一言がきっかけ
ハワイにあるHPHでは、2017年に画期的な取り組みが始まりました。その名も「Get Rid of Stupid Stuff(GROSS)」。直訳すれば「くだらないことをなくそう」という強烈なプロジェクト名ですが、その出発点はごくシンプル。ある看護師が、「1時間おきに行っている巡回記録に、月1,700時間もかかっている」と現状を数字で示したことからです。
これは決して特別な話ではありません。あなたの職場でも、「なんでこんな作業が必要なの?」と感じること、ありませんか? まさにその違和感こそが改善の種なのです。
誰でも気軽に「ムダ」を申告できる仕組み
HPHでは、職種を問わず誰でも改善提案を出せる仕組みを整備。専用フォームに以下のような内容を入力するだけでOKという簡単さが、スタッフの参加を後押ししました。
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あなたの職種(医師、看護師、薬剤師など)
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所属(病棟名、診療科など)
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なくしたい作業内容
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なくすことで得られるメリット
この取り組みで集まった提案は、初年度で200件を超えました。その多くは、「どうして今まで続けていたのか不思議に思うような作業」だったのです。
具体例で見る「ムダな業務」の実態
以下は、実際にGROSSプロジェクトで指摘された“ムダ”の一部です。
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小児がん病棟で、思春期の患者にも「へその緒のケア」を記録する欄が表示され続けていた
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新生児のオムツ交換時に、毎回3つのチェック項目を手動で記入しなければならなかった
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退院患者の同意書をデジタル署名後、紙に印刷してスキャンして再アップロードする手順があった
どれも「変えられないのが当たり前」と思われていたものばかりですが、現場の声が形になったことで、一気に改善へとつながりました。
改善提案を“実行に移す”ための仕組み
「改善提案はしたけれど、結局放置されたまま…」そんな経験があると、次からはもう声を上げなくなってしまいますよね。HPHでは、この“改善疲れ”を防ぐため、提案内容をしっかりと分類・処理する体制を整えました。
3段階の分類でスムーズに対応
提案された内容は、以下の3つに分類されます。
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すぐに対応できる内容:例えば、システムの設定ミスや明らかな誤表示など。これらはすぐに修正。
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専門部署で検討が必要な内容:現場とIT部門の連携が必要な提案はワーキンググループへ。
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制度や技術の制約で対応が難しい内容:一時保留し、定期的に再検討。
この運用により、「声を上げるだけ無駄」と感じていたスタッフの心理的ハードルも大きく下がりました。
声を上げた人が“実装側”に関われる文化
もう一つの工夫は、提案者が改善プロジェクトに直接関われること。たとえば、「電子カルテのチェック項目を削除したい」と言った看護師が、IT担当者と一緒に改善作業に携わることで、「自分の提案がカタチになる実感」が得られたのです。
この文化が、職員のモチベーションや職場への帰属意識を高め、離職率の低下にもつながりました。
業務改善の成果と波及効果
「ムダをなくそう」という一見シンプルな取り組みが、ここまで大きな変化を生むとは、誰も予想していませんでした。HPHのGROSSプロジェクトは、時間やコストの削減にとどまらず、組織全体の雰囲気まで変えてしまったのです。
削減されたのは“時間”だけじゃない
このプロジェクトによって、電子カルテ業務の時間が短縮され、医師や看護師が本来の業務である「患者と向き合う時間」を取り戻しました。
さらに、ムダな業務がなくなることで、残業時間が減り、スタッフのストレスも軽減されました。現場の士気が上がることで、結果的に患者満足度の向上にもつながったのです。
アメリカ各地へ広がるGROSS方式
HPHの事例は、他の医療機関にも影響を与えました。Cleveland ClinicやMount Sinai Health Systemといった大手医療機関でも、同様の仕組みを導入。米国医師会(AMA)も公式にGROSSモデルを推奨し、STEPS Forwardプログラムで紹介されています。
あなたの職場でも今日から始められる改善のヒント
「うちの病院では無理かも…」そう感じた方もいるかもしれません。でも、GROSSの仕組みは、大掛かりなシステムを導入せずともスタートできるシンプルなもの。まずは「声を上げられる環境」を整えることから始めましょう。
今すぐ実践できるポイント
以下のようなステップを取り入れるだけでも、職場の改善サイクルは大きく変わります。
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簡易な提案フォームを設ける:紙でもオンラインでもOK。気軽に書けることが重要。
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提案に対する対応状況を可視化する:放置されるとモチベーションは下がります。
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改善に提案者自身を巻き込む:自分の意見がカタチになると実感できる。
どれもコストをかけずに始められる内容ばかりです。
まとめ|医療の未来を変えるのは、現場の小さな声
どんなに立派なシステムやツールを導入しても、それが現場でうまく活用されなければ意味がありません。医療の現場に必要なのは、「日々の違和感に気づき、それを声に出せる文化」です。
あなたの職場にも、誰かがずっと我慢している“ムダな作業”があるかもしれません。今日から、そこに目を向けてみませんか?